ジョーン・バイレイ氏 (JOHN BAILEY)

ロスアンジェルス 2008- アメリカ映画協会 AMERICAN SOCIETY OF CINEMATOGRAPHERS ASC

写真集「PHOTOS DE CINEMA – AUTOUR DE LA NOUVELLE VAGUE 1958 – 1968」は刊行直後、アメリカ合衆国でフランスよりもずっと大きな反響を起こした。American Society of Cinematographers (ASC)のJohn Bailey氏は有名な同氏のブログのために、ヌーヴェル・ヴァーグ以前のレーモン・コーシュチエの写真経歴を送るよう依頼してきた。

ジョーン・バイレイ氏の主要なブログのうち三つがフランス語に訳されて
シネマテ-ク・フランセ-ズ(la Cinémathèque Française,)の手で公開されており、そこから英語の元の
ヴァージョンに戻ることもできる。

ノロドム・シアヌーク殿下

カンボジア王国 1967

1967年、カンボジア国家元首、ノロドム・シアヌーク殿下は自国の豊かな文化遺産を観光資源とする開発キャンペーンを計画する。写真をその基本とするが、アンコールで仕事をした写真家の数は選択には迷うほど多い。結局写真集『サイゴン』に顕著な、住民の生活に注目する写真家の目に惹かれ、レーモン・コーシュチエを選ぶ。

NS22ヶ月間寸暇を惜しんで仕事をし、数千枚の写真を収録してシアヌーク殿下の評価を多少の不安感をもって待った。殿下はご満足で、勲章を授与された上、国立写真学校を創設して欲しいと託された。ご提案は名誉ある事ではあるが、先約の仕事を理由に辞退申し上げた。

ノロドム王は空冷装置の付いた金庫を注文され、スライド用フィルムと写真ネガを保存して、国宝と指定した。残念ながら、殿下がフランスへ旅行中クーデターが起きた。権力の座に着いたロンノル将軍もまもなくクメール・ルージュにより追放される。クメール・ルージュは宮殿を占拠した際、金庫を見つけるが宝石類と勘違いしてダイナマイトで破壊する。写真は全て失われ、レーモン・コーシュチエが仕事の記念に保存した数枚のコピーのみが残る。

作家グラハム・グリーン

サイゴン1954/パリ1958

GG0120世紀の大作家のひとりグラハム・グリーンは『静かなるアメリカ人』を1954年にサイゴンで執筆した。ルネ・ドベルヴァル氏宅でレーモン・コーシュチエに会い、ベトナム住民の写真を見て惚れ込み次の写真集に自分のまえがきを約束する。がこれは実現しなかった。

数年後パリで、グラハム・グリーンは生涯一度のテレビのインタビューに応じる。ハンガリーのテレビ局で、政治的配慮があった

その際、グラハム・グリーンはその著書『静かなるアメリカ人』とレーモン・コーシュチエの写真集「サイゴン」を戦争に追い落とされたインドシナの住民を深い人間愛をもって紹介する二つの作品と提示した。

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